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贋ラスコオリニコフ

 死者に道が二つあることを死んではじめてナガタカズオは知った。自然の寿命が来た死者と、惨殺、自殺、事故死といった物理的寿命の死者とは道が違う。前者は右側、後者は左側で、報道陣の環視の中で二人の暴漢に惨殺されたナガタカズオは当然左側の道を通って、三途の河を渡り、死者取調室へ向かっていた。たまたま隣りに、福島県いわき市の山あいで首吊り自殺した中学三年のササキセイジ君がいた。イジメられて死を決行した少年である。二人は年齢差があったが親しくなった。先ずナガタカズオから言った。
 「君はイジメられて自殺した清二君だね」
 彼は頷いた。
 「あなたは老人から金を巻上げたカドで殺された永田さんですか」
 そうだという意味を含めてナガタは握手した。二人は五分もしないうちに親しくなったのは、セイジ君は祖母に、ナガタは新興宗教に凝った母に育てられ、二人とも母子家庭であったことと、又二人ともおとなしく、同質の孤独にじっと耐えてきたからであった。
 さらにナガタが言葉を続けた。
 「イジメられたくらいで自殺とは情けないね」
 「そうですかね。永田さんは何故世間が騒然としだしたとき、身を隠したんですか」
 「危険を感じたからだよ」
 「イジメも同じで、いつも身に危険を感じてたんです」
 「じゃ助けを求めたらどうなの。先生は助けて呉れないの?」
 「やっぱり世代が違うんですね。そんなことしたら仲間にいれて貰えない。ぼくらは他人指向の世代なんです。仲間に手本を求めて生きる種属で、仲間から嫌われたらオワリなんです。だからイジメられてもじっと我慢する。被害者として参加しても、無視されるよりましなんです」
 「無視されるのは死より辛いんですか?」
覗きながらセイジ君は言った。
 「そうです。永田さんは又どうして老人を騙したんですか」
 「学歴がないから、偉くなるには富を握るしかない。幸い日本の老人は金持で、欲が深いときている。その欲を煽って金を出させた。そしてそれを資金に相場を張ってもっと富を握ろうとしていたんだけど……」
 「『罪と罰』の中の老婆を殺して金を奪ったラスコオリ二コフですね。漫画で読んだけど……」
 「僕はそのラスコオリ二コフの再来のつもりだよ」
 「でも、どこか贋物です」
 「そうかな、贋物かね……」
 互に顔を見合せて笑った。
 死者の取調室はもう間近かであった。
 セイジ君の首にはロープの跡が青黒く残っている。ナガタカズオの全身には鋭利な刃物で刺された跡が十数個所もある。いずれも生前の凄惨さを生々しく語っている傷痕だった。
(タウン誌「街」 1986年2月 No.282)


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