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画の如く読む


 「六経八画ノ如く……」と言ったのは仁斎だ。優れた画は見あきないから何度でも見たくなる。書物も繰り返して読めばそうなると言うのだ。そうなって初めてものが分ってくる。これが仁斎の学問に向かう態度で、学ぶとはそういうことだ。この仁斎の読書論をアランが知ったら、東洋にもおれと同じことを考えている人間がいたと言うかもしれない。アランもまた、バルザックの小説を画の如く読んだ再読の達人である。そのアランがこんなことを言っている。
 「人間は生きたいように生きられぬ。生きられるようにしか生きられぬ」。あたりまえのことをあたりまえの言葉で言ってるにすぎないが、深い意味がある。さらに彼は続ける。「しかし、人間は生きられるようにも生きていない」凡庸な哲学者には出てこない一行だ。
 人はよくこんなふうに言う。あなたと違って社会的立場があるので私は十分に生きられないと。そういう人にアランの言葉をみせたいが、無駄かもしれない。生きられる範囲内でも人は十分に生きていないというのは本当だ。邪魔しているのは外的なものではなく、自分の中の怠惰にすぎぬ。それに人は気づいていない。怠惰でも徒党は組める。権利は主張できる。あとは不平を言うだけだ。そういう人間にアランは、もっと内側を見詰めて内的に豊かになっては、と言っているのだ。思考もまた人生だが、この方は苦労が多いから人は避けて通る。そういう生き方に充実した人生はない。自戒も含めてそう思っている。
(北海道新聞全道版 朝の食卓  掲載年不明)


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