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帯状疱疹

 三十九度の熱が出た。妻に氷枕を作ってもらった。しかし、たんなる風邪なら頭を冷やすと気持ちがよくなるのだが、かえって気分がすぐれなかった。
 翌日、かかりつけの内科へいった。顔に湿疹(しっしん)が出ている。帯状疱疹(ほうしん)の疑いがあるから、麻酔科のある総合病院へ紹介状を書きますから、すぐいって下さいと、いわれた。
 それで総合病院へいくと、その日のうちに入院させられ、治療がはじまった。二、三日すると、点滴のほかに麻酔科で毎日星状神経ブロック治療の注射を打った。
 激しい痛みが数日続き坐薬をさした。それでも痛みはとれなかった。
 ひどい病気にかかったと思ったが、この病気そのものには興味があった。
 顔に帯状疱疹が出るのは珍しいが、子どものころかかった水痘ウイルス菌の一部が脊髄(せきずい)にのこっており、それがいまになって顔の神経をとおしてよみがえったというのである。
 どこかケルト神話に似ていると思った。ケルト人は、死によって奪われた親しい人の魂は、樹木のなかに封じこめられているという考え方を持っている。樹木は自然の脊髄のようなものである。したがって、たまたま、その樹木の前を通ると、死者たちの魂は喜びに震えて生きている友人の心によみがえるのである。
 こうして忘れていた死者を思い出すのだが、このケルト人の信仰のように、幼いときの私の水痘が、六十八歳になった私の顔をおとずれ、当時の苦痛を再度教えているのであった。
 帯状疱疹は記憶の病気ということになろうか。
 それにしてもこの病気は激痛をともなう。三週間たつが、いまだに痛い。妻はそういう私を見て、あなたは小さいとき右足を切断するという大変な痛みを経験したのに、いままた晩年それにも劣らない痛みをやんで、ほんとうにかわいそうなのねといった。
       (立待岬・北海道新聞道南版/平成十年)

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