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随筆あれこれ

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一周忌


 二日繰り上げて六月二十日の日曜日、札幌の娘夫婦と二人の孫の四人に親しい友人知人数名が加わって、妻の一周忌をおこなった。時の経つ早さに驚くが、夜一人になると、妻の写真をしみじみと見つめ、あれからもう一年経つが淋しさは深くなるばかりだと、何か喋りそうな気配の妻の顔写真に問いかける。勿論返事はない。これからもこうした夜はつづくだろう。一周忌も仏事にしたがったわけではなく、いつも私がいく和食の店で、妻が好きだったビールと、旬のものを中心に会席料理を作って貰っただけだ。妻にも同じものを貰い、私と向いあって妻の写真を身代りに据え、その前にビールを置いた。
 食事の前に何かひとこと言わねばならない。日頃、私が考えていたことを、かんたんに話した。夫婦がいつまで一緒だという錯覚はどこから来るのだろう、一人取り残された片割れの孤独のすごし方は考えの及ばない領域だった。ただ悲しく、嘆くしかないという経験談をして食事に入った。
 付き出しも、次々運ばれて来る煮物、焼きものも旨かった。美味は喜びと悲しみを思い出させると思った。
 会合用の個室で皆と、妻を偲んで会食をしているが、この九階の和食店に私は妻と、季節料理の変る度に、食べに来たものだった。
 大概、港が見える窓側の席を予約した。食前酒が付いているが、それさえも私は飲めず代りに妻に飲んで貰った。しかし妻が好きなのは、ほどよく冷えたビールで、最初のビールののどごしの旨さは例えるものはないといい、本当に、うれしくて幸福な顔をした。あなたにこの味が判らないのは何て不幸なことでしょうというのが妻の決り文句でもあった。
 どの料理の味も、ビールの旨さが助けているらしく、やっぱり、あなたにもこのビールの味知ってほしいわと、むりやり、私にビールを差し出し、飲んでごらんという。
 しかし私は一口飲んだだけで、すべての食べ物がまずくなるのであった。そういうとき妻は、あなたと私とあわないのはお酒だけね、これであなたもお酒が飲めたら、二人はもっと幸せだわ。
 男の私が下戸なので、妻は家で音楽を聴きながら時折りブランデーを飲むのも気がねすることもあった。それを察して私は妻にブランデーをすすめ、原稿書きに疲れた深夜、口に入れるためとってあったチョコレートを渡す。私はそのチョコレートの一かけらに珈琲にほんの僅かブランデーをたらし、二人で夜の一時を楽しんだものだ。しかし、そういう夜はもう永遠に来ないのである。一人取り残されるということは、そういうことを恐ろしいほど感じて過ごすことであった。
 妻の一周忌の霊は、数人の親しい人を集めて、私に淋しさを忘れさせ、いやしてくれたが、その夜、友人知人、娘夫婦孫たちも去り、妻と住んでいたマンションの一室に、一人になると、逆に淋しさは何倍にもなって募っていった。
 私と妻の向いあって使っていた食卓には、娘が持ってきた真紅のバラと妻の写真がある。写真の前にブランデーを置き、私は苦い珈琲を飲んだ。ラフマニノフのピアノ曲をかけた。希望は過去にしかないと、バルザックは言ったが、これは今の私にぴったりの言葉で、悲しくて快いラフマニノフのピアノ曲から次々と忘れていた思い出が甦って来るのであった。
(タウン誌「街」No.504 2004年8月)


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