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随筆あれこれ

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小説とタウン誌の狭間で


 小説とは何か、ということを二十歳のときから考えて四十五年経つが、最近ようやく判ったことは、小説とは宗教に近いが、宗教と決定的に違うのは、宗教は「神のドラマ」だが、小説は「神なきドラマ」であるということだ。ドラマという共通項を持っているが、神があるか、そうでないかで、宗教と小説はまったく異なった展開になる。小説は神なきドラマだから、このドラマの行きつく涯(はて)には救いはないのである。また、神なきドラマだからこのドラマは、一人で書き、一人で結論を出さねばならない。
 拙作「人形」(影書房)は、知恵遅れの息子を持った夫婦が、息子の情欲にどう対処するかを書いたものだが、障害者を扱うと、そこに極端な形でエロスの問題と、社会の問題が出てくる。それだけに危ういところで綱渡りのように書いていかねばならないが、書きようはどうあれ、このドラマのなかでは誰も救われないのである。両親は、息子に、血の通った生きている若い女よりもっと美しく創作されているとはいえ、あくまでも人形(ひとがた)にすぎない偽りの女を、与えるべきか、いなか、つねに苦しまねばならないのである。このテーマは私が五十数年以上も付けてきた贋物の右足、義足からヒントを得たものだが、ずっとそのテーマを暖めていたときも、筆を執ったときも、私は自室に閉じこもって人と逢いたくなかった。いつも小説を書き始めると、何日でも自室に入ったまま思索していたいというエゴイズムが頭を持ち上げ、誰とも逢いたくなく不義理を働いてしまう。
 しかし、私にはそれが許されない、もう一つの仕事があった。タウン誌「街」の編集発行で、小説にいつまでも関わっていたいという気持ちをすみやかに切り換えてスポンサーに会いに行かねばならなかった。そして広告を貰い、そのまま事務所へ行って編集スタッフと一緒にいい原稿を探さねばならない。その間小説執筆はストップである。しかもその小説執筆の時間が永い間ストップされると、呑みごろのワインが発酵して味がまずくなるように、その書きかけの待たされた小説も、もう作品にならなくなることがしばしばあるのである。
 小説を書くことと、タウン誌を出すこととは、互いに相容れない別々な世界なのである。一方は世間に背を向け、一方は世間に笑顔を作らねばならぬ。こうした相異なる中心が二つある楕円のなかで、どっちかに主力を置きたいと思いながら、それが出来ず、小説について四十五年経ち、タウン誌を出してから三十四年が過ぎ、かくして今日まで私は掻きながら何とか生きてきたといえよう。
 先日、スポンサーや執筆者や表紙を飾ってくれた市内の画家たちや購読者たちが集まって「街」四〇〇号を祝ってくれたが、三十四年間よくまあ挫折もせず続いたものだと、自分でもふしぎに思っている。祝いにきてくれた一人から、ここまで続いた原動力は何かと問われたが、それは小説を書いているうちに知らずに陥る絶対孤独の反動だろうか。そうだとするなら、この二つの中心は背きあいながら互いに、補い合ってきたともいえようか。これからも私は小説とタウン誌という二つの地点を往ったり来たりするが、この相異なる二つの世界は、ますます私を狷介な魂の持ち主にするかもしれない。
(北海道新聞 平成7年12月)
※この記事はタウン誌「街」400号発行記念に書かれたものである。


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