朝の食卓 |
トップページ ◆「天使の微笑み」
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無性に食べたくなってホットケーキを作り、ひとりで食べた。子どものころ、祖母がホットケーキを焼いてくれた。「今日は特別だよ」と言って、祖母はトラピストバターの青い缶からバターを切り分けて、きつね色のホットケーキの上にのせた。寒い台所の戸棚に大切にしまってある、白く固まったハチミツを石炭ストーブの側で溶かしてかけてくれた。生地のなかにバターとハチミツが吸い込まれていき、何とも言えぬしあわせな気持ちになった。 結婚して子どもができてからは、市販のホットケーキミックスのお世話になった。 苦い思い出もある。息子がまだ2、3歳のころ、私は子育てに疲れていたのか、何か嫌なことがあったのか、イライラしていた。その理由は覚えていない。突然、私は粉を混ぜていた泡立て器をボウルに叩きつけた。卵と牛乳の入ったホットケーキのゆるい種がテーブルの周りだけでなく、天井にも飛んでしまったのだ。慌てて雑巾で拭き、天井もこすったがシミは消えなかった。奥の部屋で遊んでいた息子は、私の行動を見ていたかもしれない。急に心が重くなった。引っ越しをするとき、真っ白な天井にうっすらと黄色いシミが残っていた。管理人さんの点検のとき、私はドキドキしながら天井を見つめていた。夫は気づかなかった。 ひとりで食べたホットケーキは、しあわせな気持ちと過ぎた日の苦い思い出がミックスしていた。 (2015年10月24日 北海道新聞全道版) |