朝の食卓 |
トップページ ◆「天使の微笑み」
|
子どもの頃、お正月やお祭りのときには必ず着物を着ていた。祖母が私のために仕立てて着せてくれた。明治の女性だった祖母は普段から着物を着 て、ほとんどの着物は自分で縫っていた。両親が共働きだったので、祖母とふたりでいる時間が長かった私は、着物の端切れで、お手玉や人形の服 を作ったりしていた。端切れを見せながら、私に「これは小紋、これは紬、大島」などと教えてくれた。帯と帯締め、帯揚げなどの色合わせが楽し くて、子ども心にも、私も大人になったらひとりで着物を着たいと思っていた。 祖父が事業に失敗し借金をかかえ、生活がすっかり変わってしまっても、祖母の着道楽は続いていた。そんな祖母を見て母は私に「着物はぜいた く品」と言い、着物を着ることを嫌った。母は生涯1枚も着物を持たなかった。母の小さな抵抗を知ったときから、私は祖母と着物の話をしなくな り、着ることもなくなった。 両親も亡くなり、函館の実家を処分したときに、祖母が大切にしていた帯を何本かもらった。桐のたんすにしまい込まれていた帯の中には、祖 母が私の入学式や卒業式のときに締めていた袋帯があった。私の記憶の中からずっと消えていた祖母との思い出を、この帯がよみがえらせてくれ た。 今の私は祖母の帯を締めることはないが、テーブルランナーとして使い、季節の彩りを楽しんでいる。 (2016年1月25日 北海道新聞全道版) |