娘のつぶやき

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◇娘のつぶやき


父との写真

昭和59年5月
父と鎌倉にて


本のある生活

 最近、本を読むようになった。見たいテレビ番組がなくなったことも理由の一つだが、父と母が亡くなって二人の蔵書を我が家に運んできたこと、そしてこのホームページを作ったことによって父の文章を読むようになったことがきっかけで本を読む時間が増えたのだと思う。家にはたくさんの本が並んでいたのに、子どもの頃の私はまったく本を読まなかった。夏休みの宿題で仕方なく読書感想文のために読む程度だった。課題図書がなくて好きな本の感想という時は、なるべく薄くてすぐ読み終える本ばかり選んでいた。ところが、すぐ読み終えてしまう本は特に感想もなく、おもしろかったという実感もないまま終ってしまうのだ。だから、原稿用紙をひろげても一行も感想が書けない。時間ばかりがたち、苦痛だけが残る。ますます私は本を読むことに嫌悪感をいだくようになってしまう。
 そんな私でも、結婚して子どもができると、子どもには本を読む習慣をつけさせたいと思い毎晩読み聞かせをしたりしていた。父が孫のために絵本をせっせと宅配便で送ってきてくれた。今考えると、私は父に幼いころ絵本などを買ってもらった記憶がない。孫と娘とは接し方が違うものだ。
 両親が亡くなり函館の実家から持ってきた本は三島由紀夫全集、昭和文学全集、埴谷雄高全集、森鴎外、志賀直哉、ドストエフスキー、トルストイ、マルセルプルースト、ミヒャエルエンデなどの全集にまだいろいろあって、自分でも把握できていない。でも、これは父が持っていた本のほんの一部であとは函館で父の本を欲しいという人にお譲りしたり、図書館に寄付したり、タウン誌「街」の事務所に置いてきたのだった。
 さて、我が家にある本、とりあえず本棚にはおさまっているが取りやすく、見やすい状態ではないのだ。最近本を読む時間が増えたし、これからもそういう生活スタイルにしたいと思うようになったので、涼しくなったら思い切って居間を模様替えし本棚が中心となるレイアウトにしようと考えている。椅子に坐ったとき、好きな本にすぐ手を伸ばせ楽に本選びができる椅子やテーブルの配置。実は次男が十月から函館キャンパスに移って後半の大学生活を送るために、夫と二人の生活がはじまるのだ。かつて、函館の両親が湯の川のマンションで暮らしていたとき、母がよく私に言っていた言葉を思い出した。「若い人が家にいるときと、夫婦二人になったときとでは家具の配置も使う道具もまったくかわってしまう」と。たまに実家に帰って一緒に暮らしているわけでもないのに、あれこれうるさく意見する私に母が言った言葉だ。そのときは母の気持がわからず、収納のノウハウとかいう本を見ては偉そうに言っていたのかもしれない。今になって、その人にとって何が生活の中心か、何が一番大切かで違うことがよくわかった。母にきつい言い方をしたことを反省している。
冬に帰省してくる二人の息子は居間のレイアウトを見てどう反応するだろうか。楽しみである。



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