朝の食卓 |
トップページ ◆「天使の微笑み」
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1982年1月29日の「朝の食卓」を書いたのは私の父、木下順一だった。プロフィルにはタウン誌「街」編集発行人、函館文学学校講師などと書かれていた。父は数年間執筆していたようだ。 この頃、私は大学を卒業して札幌で就職、一人暮らしをしていた。今の時代と違いインターネットも普及してなく、当時の大学生は新聞を購読していた。しかし私は父の文章を読んだ記憶がなかった。 10年前、父ががんで亡くなって住む人が居なくなった実家を処分したとき、父と母の遺品の一部を札幌のわが家に運んできた。大切にしていた本のほかに、母が整理していた父の文章が掲載された新聞や雑誌の切り抜きのファイルもあった。すっかり変色し、小さな活字の「朝の食卓」を読み返すと、文学や政治の話だけでなく、父母が飼っていたセキセイインコのことや毎晩聴いていたレコード、季節の料理など多種多様の内容が書かれていた。そして私の話もあった。父が書いた600字の中から、私が函館を不在していた長い時間を感じた。父と交わした会話がひとつひとつ回想され、それは懐かしさを切なく誘っていった。 私は当時の父の年齢を超えた。この欄にどんな話を書こうかと考えていると、父に「いいかげんな文章は書くなよ」と言われたような気がした。 (2015年1月10日 北海道新聞全道版) |