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朝の食卓

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朝刊コラム
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父との写真

昭和59年5月
父と鎌倉にて


複雑骨折


 昨年の夏、半月板の縫合手術を受け順調にリハビリが進んでいた。手術後、初めて迎えた冬道なので慎重に歩いていたが、2月中旬に横断歩道で転倒してしまい、左足大腿(だいたい)骨下部の複雑骨折で緊急手術を受けた。  病院のベッドの上で自分の足をじっと眺めていた。左足の外側に膝から大腿部に向かって25センチほどの手術の傷があり、膝の内側にも5センチの痕がある。まさか半年の間に同じ足を二度手術するとは思わなかった。  骨折という突然の手術と長い入院生活は精神的なダメージも大きかった。痛みが長く続くなかで、消灯後、カーテンに囲まれた天井を見つめていると頭に浮かぶのは亡くなった父のことだった。  父はちょうど80年前に結核性関節炎のために右足大腿部を3分の1だけ残して切断した。父は7歳だった。足を切断し片足になったことで、多くの差別と偏見に耐えてきた。ない足の痛みに襲われる幻影肢にも苦しんだ。  入院中、私は何度も7歳だった父のことを想像した。当時、父には5歳と3歳の弟がいたが、幼子を残して長い間、父に付き添っていた祖母のつらい気持ちも理解できた。そんなことを毎夜考えていると、自分の今の状況や痛みに耐えなければならないと、自然に思うようになった。今、私は左足に筋力をつけて、歩くためのリハビリの日々である。  「人は自分の人生に耐えなければならない」。父が好きだった画家ロートレックの言葉である。
(2016年4月7日 北海道新聞全道版)


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