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朝の食卓

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朝刊コラム
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父との写真

昭和59年5月
父と鎌倉にて


膝の手術


 この夏、私は1か月入院した。昨年から痛みを我慢していた半月板の縫合手術を受けた。術後、「こんなに痛いなら手術を受けなければよかった」と子どものように悔やんだ。傷を包帯でぐるぐる巻きにされ、大腿部から膝下20センチを装具で固定された。麻酔から目が覚め、最初のトイレでは、車椅子から固定された脚のまま、向きを変えて便器に座ることさえ困惑した。全てが初めてのことで、不器用な私には試練の連続だった。
 私の父は7歳のときに、結核性関節炎のために右脚を大腿部3分の1だけ残して切断した。私はその父を見て育ってきた。父はなんでも器用にこなしていて、松葉づえの扱いも、腰をうかして両腕だけで床を移動することもうまかった。ところが私はトイレで片足立ちするだけでふらつき、手すりにつかまり自分の身体を支えることもできない。
 そんな生活に耐えるための筋トレも入院中にはじまった。痛み止めを服用しながら、汗だくになって午後の3時間、私は毎日リハビリ室にいた。手術した脚に少しずつ荷重していくトレーニングに耐え、最近ようやく「手術してよかった」と思えるようになってきた。
 瀬戸内寂聴さんが「50代は自分のために、60代は人のために生きてはどうか……」と話していたのを思い出した。なんとなく通りすぎていた生活を見つめ直し、しばらくは自分のために頑張ってみよう。
(2015年9月8日 北海道新聞全道版)


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