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三島由紀夫

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三島由紀夫の謎(4)

 三島由紀夫は、神田祭で御輿を担いだが、これは幼少の頃、御輿を担いだ若者の酔いしれた顔が脳裡にのこっていて、あの酔いとは何かを解明したい気持からであった。そして、体験後彼はそのときの若者が見ていたのは、高く低く変化し、絞ったようになった青空だった、それだけであったと感想をもらしている。受苦を持つ肉体に憧れて、自分もそういう肉体を身につけようと実行に移った後は、たんに御輿のときのような感想を述べるだけではすまないものがある。三島は方々の雑誌のグラビアに、第二言語としての肉体をさらしたことは、外にむかってやがてこの肉体は受苦を全うするという宣言である。彼はそう約束したのである。
 この約束と、彼の文学とは、また密接に関係している。三島文学は、『獅子』でもわかるように、その殆どが血なまぐさい破局によって終る作品が多い。そして、彼は、ことあるごとに作家は安全な位置にいて血なまぐさい破局を書くことはよくない、自分が自殺もせずにおめおめ生きているのは、「肉体的条件が不備のため」と言ったりした。こういうことは真面目な作家なら誰もが考えることである。前にも何度も言ったが、作家とは虚構と現実の狭間で苦悩するもののことだからだ。作家はたんに死者を甦らせたり、過去を紡いだりしているわけではない。自分の内部に、相矛盾する観念を住まわせて葛藤しているのである。
 しかし、自分が死なないのは、「肉体的条件が不備のため」と宣言することは危険だろう。そういうことを言ってその後で、受苦を待つ肉体を造れば、当然、人は三島由紀夫が何時自死を決行するかを待つようになるからだ。『太陽と鉄』には自死についての統一的な見解が述べられているが、かりに、三島由紀夫が、ひたすらその方向に突っ走るとすれば、これまでの三島由紀夫とは何であったかという疑問が残る。
 彼は太宰に、あなたは嫌いです、と言ったのは、三島が隠したがっているものを太宰はみせびらかしているからである。また、ドン・キホーテとセルバンテスは違うと、太宰の文学を否定したのは、太宰がセルバンテスの位置を忘れているからである。しかし、『太陽と鉄』に重点をおいて考えると、彼がそのなかで繰返し述べていることは、自分もまったく太宰と同じことをやるとうことだろう。だれも隠したがっている肉体を彼はグラビアでさらし、遂には、セルバンテスの位置を放棄してドン・キホーテそのものになろうとしているからである。
 アメリカの女流評論家のように、『太陽と鉄』の読後、その印象として、この作家は遠からず自殺するだろうと、予言することはさほどむずかしいことではない。虚心に読めばそうなる。しかし、『金閣寺』までの三島文学とつきあってきた私には、そういうふうに短絡的にいうことはできない。さらに、『太陽と鉄』のなかで、第二言語としての肉体の効力について書き、自死の統一的見解が見事に述べられていればいるほど、また片方では生きのびる道、言葉の苦悩も透けて見えるのである。何故なら、『太陽と鉄』とほぼ同時進行で、『豊饒の海』の連載が始まっているからである。『太陽と鉄』が第二言語としての、ひたすら受苦を待つ肉体論とすれば、『豊饒の海』は、古代も、中世も、そっくりそのまま生きている言霊としての、言葉の物語ということになるだろう。
 三島由紀夫が『豊饒の海』の連載を始めたとき、私は、彼が大きな賭けに出たと思っていたのである。言葉ははたして行動を凌駕するだろうかという賭けである。
 ところで言葉と行動とはまったく相入れない概念である。言葉は行動を否定を否定した上に成り立つ世界であり、行動は言葉のとどかないところで行動するのである。だから言葉が行動を凌駕するだろうといっても、それは主観的なことである。そういうことを一応頭にいれたうえで、この四部作『豊饒の海』にあたってみたい。
 三島の小説には共通したイメエジが出てくる。優雅、夢、純白、海、夏タブー、死等である。『春の雪』はいままで三島が書いてきた情念世界がすべて集約されたものといえよう。この小説の主人公松枝清顕は三島の分身である。勿論この分身は『奔馬』のなかの勲と対をなしている。
 またこんなふうに見ることもできる。清顕は三島の自伝的小説『仮面の告白』の延長上の人物であり、勲は『金閣寺』のどもるの私の延長上の人物であると。
 清顕はものごころ付くと、後に愛人になる聰子の家に預けられ、そこで教養を身につける。ここには祖母のイメエジもあるが、教養とは優雅であり、想像力であり、この二つを持ったために、彼は尋常な生に満足できない憂鬱な青年に成長していく。彼はたえず悩む。そして、二十歳になると聰子の色香に戸惑う。もっとも一方では聰子は限りなく美しくなければならない。その美しい聰子から清顕は愛されているからである。しかし、それだけでは満足できない。かれの想像力は、情念が狂気の域へいかなければ満足できないのである。それには何が不足かといえば聰子の位置である。この限りない美しい女が彼のすぐ手の届くところにいてはならないのである。彼が聰子に狂おしい情熱を覚えるのは、宮家との縁談が決まった後である。 
 もはや聰子は清顕の手の届かぬところはいってしまった。その女を手にいれるには禁を犯し、命を賭けるしかない。『春の雪』もこのくだりから俄に生き生きと、その魅力を読者に訴える。
 清顕と聰子は、いかがわしい宿の一室で許されない逢瀬をかさねる。このくだりこそ三島文学の醍醐味である。聰子は闇のなかで裸になる。この女はもはやかつての清顕の幼馴染みの、そして清顕のことを清様と呼んでいた聰子ではない。その女が、着ていたものを全部脱いで、闇夜に輝く月よりも、もっと露わない白い肉体を晒すのである。
 『源氏物語』以来、こうした劇的な男女の関係を書いた作家はいるだろうか。私はいないと思っており、三島由紀夫は過不足なく、それをやってのけた作家である。ここにあるのは若い男女の、崇高な精神と、頻廃そのものの官能美である。魂と肉体の切ない葛藤である。バタイユの言葉をかりると、「死にまでいたる生の賛歌」で、そういう世界を三島由紀夫は琢磨された言葉で見事に書いている。
 清顕と聰子が逢瀬をかさねた宿は、じつはその昔聰子の父、綾倉伯爵が古い絵巻物を鑑賞していた場所でもある。その好色世界を描いた絵巻物を眺めて昂奮させられた伯爵は、幼い娘、聰子の教育を委任した老女の、色香のない寥科と関係したのもここである。そして今度はその同じ宿で、禁を破った娘聰子も、曾て父が見た錦絵に負けない絢爛豪華な帯を解く。まるでその綴織の帯は生きている蛇が走るようにするすると解け、畳の上に音をたてて落ちる。この音は後に聰子が出家して長い髪を切って白い紙の上に落ちる一束の髪の重さの前ぶれでもあろう。女にとっては帯を解くことと、髪を切ることとは同格かもしれない。
 帯がほどけると、着物もひとりで脱がさり、その色彩あざやかな着物の上に、聰子の白い腿が仄かに見える。なおも清顕は奥を覗こうとする。
(つづく)
(「北方文芸」1992年6月号)

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