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娘のつぶやき

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◇娘のつぶやき


父との写真

昭和59年5月
父と鎌倉にて


遊園地のコーヒーカップ

 夫がホットジュースを飲みたい、と言った。オレンジ100パーセントの缶ジュースがあったので、それをさし出すと耐熱用のマグカップに入れ電子レンジの前にいった。
 「ターンテーブルの真ん中に置くのか…」
 「違うよ、はじに置いて。その方が均等に温まるから」
 すると、夫が台所で叫んでいる。
 「おい、見ろよ。遊園地のコーヒーカップみたいだぞ」
 私は洗濯物をたたんでいた手を止め、台所に行った。夫と二人で並んで電子レンジの中を覗くと、ライトに照らされ、ターンテーブルの上のマグカップはまるで遊園地のコーヒーカップのようにくるくるとまわっていた。黙って60秒間、私はその光景を見ていた。父と母と三人で初めて東京に旅行したときの事を思い出していた。私が5歳のときだから、45年も前の話だ。
 中学校の教師だった母は、当時、何年かに一度、他校の授業や施設を見学する視察旅行にあたっていて東京の山谷地区などいくつかの中学校をまわることになっていた。東京まで行くなら母の仕事が終わったあと、詳しい事はよくわからないが休暇をとって旅行しよう、ということになり父と私も東京に行くことになったらしい。
青函連絡船に乗り、青森で寝台車に乗り換え、東京に向かった。桟橋からホームまでの距離が長く、ほとんどの人が走っていた。家族三人分の荷物を持った母は、私の手をひき足早に歩いた。義足の父は後ろからゆっくりとついてきていた。しかし、その距離がどんどん離れていき、私は父が列車に乗り遅れないか心配でドキドキしていた。寝台の場所を確認して荷物を置いた母はまたホームに降り父を待った。寝台は上中下の三段で父が下で母は一番上だった。
 東京での母の仕事も終わり、三人で一日遊びに出掛けた。母と二人で遊園地のコーヒーカップに乗ったことはよく覚えている。父が乗らなかったのは義足だからなのだろうか、カメラをもって下にいた。時々、母がコーヒーカップの真ん中にあるハンドルを回し、回転を大きくするので、臆病者の私は怖くて母にしがみつき足をバタバタさせた。怖かったけれど、母と一緒のこの時間はとても幸せだった。
 電子レンジの中のマグカップを見ながら、ふと思い出した楽しい時間だった。その後、私は古いアルバムを開いてみた。母と一緒にコーヒーカップに乗っている、白黒の小さな写真をみつけた。母は笑っていた。きっと、カメラをかまえている父に向かって微笑んでいたのだろう。
 (タウン誌「街」2009年春号)



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