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娘のつぶやき

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◇娘のつぶやき


父との写真

昭和59年5月
父と鎌倉にて


思い出のアルバム

 私はこのホームページを作るとき、夫と二人でどんな構成にしようか、随分悩んだ。幅広い人たちに読んでもらい、何度も見てもらえるページにしたいと思った。文章だけ並んでいると印象が硬過ぎる。もともと本をあまり読まない私が作るのだから、私のような人も見ることを頭に入れて考えて見た。父が趣味で描いていたパステル画や写真は大きな役割を果たしてくれるかもしれない。しかし、膨大なアルバムの中から選ぶのに苦労した。函館の両親も祖母も亡くなってしまい、いつのどんな写真なのか、訊く人がいない。私の分る範囲であれこれ選んで夫に渡すと、「こんなに載せるのか…」と言われてしまった。確かに多すぎるかもしれない。身内ならともかく、他人が何ページもよそのうちの写真を見るのは苦痛だろう。いろいろ考えた末に現在のホームページに載せているものに落ち着いた。
 父と母ともっと話をすればよかったと、後悔しながら写真を選んでいると、気になる何枚かの父の写真があった。ひとつはたぶん父と思われる二歳くらいの幼児とまるい眼鏡をかけた祖父の写真だった。いったい誰が撮ったものか、他の家族の姿を感じない一枚だった。そして、もう一枚は父と弟二人で撮った写真。父はカスリの着物に羽織を着ているが足元がよくわからず、右足を切断する前か後か、気になっていた。しかし、切断してから兄弟三人、写真館で撮るはずがないだろう。私が母親だったら、足のある息子の写真を兄弟で撮っておこうと思うはずである。
 二枚の写真はホームページの「思い出のアルバム」の最初に載せた。たくさんある中で、この二枚は父から聞いたわけでもないのに、大切にしていた写真のように感じられた。そして、唯一父が両足で立っている姿だった。
 先日、道新のTさんからコピーしてもらった「立待岬」という北海道新聞道南版のコラムの中で父はこの二枚の写真のことを書いていた。驚いた。私が初めて読む文章だった。偶然だが父の想いが私に伝わったのか、同じ写真を選んでいたのだ。父の文章から私の疑問も解決した。
 この話は後ほど、父のコラムのコーナーで「写真」というタイトルで載せる予定なので、ぜひ読んでいただきたいと思う。



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