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娘のつぶやき

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◇娘のつぶやき


父との写真

昭和59年5月
父と鎌倉にて


七月

 六月末から一週間程、函館にいってきた。タウン誌「街」の50年誌の編集のためだが計画通り進んでいない。十二月発行なのでまだ時間があると、のんびりしていたが七月になり少し焦りはじめている。元町にある築80年の古い事務所でIさん、Kさんと一緒に十年分のタウン誌に目を通し、再録したいものに付箋を貼っていった。三人でチェックするとそれぞれの思いや個性がでて、取り上げたいものはいろいろ違う。この作業は地味だが実に楽しい。しかし、時間がないのでのんびり過去の出来事を懐かしんでばかりはいられない。「街」の編集は郷土史にもずいぶん力をいれていたようだが、私はこのあたりのことは全くわからない。頁をめくっていくとやはり、父が書いていた「トーク・トーク」にばかり目がいってしまう。十何年以上前に父がこんなことを言っていたのかと驚き、今の世の中にも十分通用するものばかりで父の考え方に今頃共感しているのだった。50年分のチェックは大変だが、私には大切な仕事である。
  いつも函館に着くと真っ先に父と母の墓参りをしていたが、今回はお盆(函館は七月)も近いので函館にいる次男とふたりでお参りにいこうと考えていた。ところがゼミの発表の準備でずっと研究室にいる息子と時間調整がうまくいかず、三日も経ってしまった。三日目の朝方、私は父の夢をみた。その話を事務所ですると、「先生、絵里子さんのこと待っているよ」と言われ、Iさん、Kさんと三人で墓参りすることになった。ふたりはバケツやブラシ、雑巾を用意してくれて、まずお墓の掃除からはじまった。
社務所から持ってきたバケツから水を柄杓で墓にかけると研いていない天然の墓石は水をふくみ緑色に光った。今から百年以上まえに和歌山から船でこの墓石は運ばれてきた。この墓には、私の知らない人もたくさん眠っている。時代の流れとか、家族の繋がりなどをぼんやりと考えながら、父が510号まで一度も休むことなく続けてきた雑誌づくり、そしてそれを陰で支えてきた母のことを思い出し、墓石に刻まれた南無阿弥陀仏の文字を眺めていた。50年誌がうまくいきますようにと手をあわせ、いい記念誌を作りたいという思いを強くした。
 50年誌は五つの構成になっているが(多少変わるかもしれない)、最終章に娘である私が書く頁があたえられている。昔のタウン誌を見れば見るほど、どこから手をつけていいのか正直困惑しているが、「今、頑張らないでどうするんだ」と自分自身に言いきかせている。
今回、函館での滞在中、私はまた新しい出会いを経験した。事務所で仕事をしているときに十五年くらいまえに父の文章教室の生徒さんだったという女性からお電話をいただいた。彼女は現在札幌にお住まいだということで、近々お会いすることになった。タウン誌に私がかかわるようになって、ふしぎなくらい交友関係が広がっている。もちろん、父との繋がりのあった人ばかりだが、それはとても嬉しいことだ。
 深夜は自室にこもって小説を書き、日中はタウン誌の編集、発行人として函館市民のための雑誌づくりにこだわってきた父。そんな記憶と記録が50年誌に載せることができたらいいと思っている。たくさんの方に満足してもらえるものを作りたいと思っている。今年の夏は私にとって特別なものになりそうだ。



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