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娘のつぶやき

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◇娘のつぶやき


父との写真

昭和59年5月
父と鎌倉にて


父の声

 夢の中で父の声を聞いたという話ではない。2004年3月17日、函館にあるFMいるかの番組で話している父の声を聞いた。
 私も何度か出させていただいているFMいるかの「人ネットワーク」でパーソナリティーをしているYさんから先週お電話をいただいた。FMいるかは今年20周年で懐かしい音という企画(タイトルははっきり聞いていない)で、以前番組に出演していた父のテープを貸してほしいという話だった。番組に出ると、記念として録音した放送のカセットテープをいただくのだった。元気だったころの父はよくYさんの番組にでて、タウン誌の話や文学の話をしていたようだ。この放送は函館とその近郊だけに流れるので、札幌に住んでいる私は一度も聞いたことはなかった。父の遺品のなかのカセットテープに「函館街並み 今、昔」(北海道新聞社)を出版したころ、この本について話しているテープをみつけ、その内容をホームページにアップしたことがあったが、ほかのテープは聞くこともなくそのまま抽斗のなかにしまったままだった。ところが今回、Yさんからいただいた電話のおかげで私はあらためてテープを一本ずつ確認すると、タウン誌「街」の400号と500号発刊記念のときの話も録音されていた。昨年からずっとタウン誌の50年誌をつくるために何度も函館に足を運び、いつも思うことは父が生きていたら、どうしてこの雑誌作りをはじめたのか、そしてどうしてこんなに赤字のときも続けようとしたのか娘として聞いてみたかったことを、Yさんのインタビューで父が話していたのだった。私のそばにこのテープはずっとあったのに、今まで聞こうともしなかった。理由のひとつにカセットテープから流れる父の声を聞くのが辛かったということもあった。
 テープの父の声は私にいつも電話をかけてきて、「今日は何を食べた?みんな、元気か」と毎日毎日聞いてきた声と同じだった。時々笑う声も同じで、500号記念のテープは、亡くなる二年くらい前で、たぶんこれが父にとって最後の放送だったのだろう。父は501号からの雑誌の編集方針も番組のなかで語っていた。
 いつもなぜ父の話をたくさん聴いておかなかったかと悔やまれていたが、思いがけない電話のおかげで私は50年誌発行の前に父の声を聞くことができた。
父の声は優しくてあたたかかった。



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