×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

娘のつぶやき

トップページ

◆『天使の微笑み』

◆『四千字の世界』

◆「トーク・トーク」

◆『犬が欲しい』

◆随筆あれこれ

◆コラムあれこれ

◆木下順一 年譜

◆木下順一の本

◆パステル画

◆思い出のアルバム

◇娘のつぶやき


父との写真

昭和59年5月
父と鎌倉にて


デパート

 最近、景気の悪い暗い話題が多い。北海道の老舗デパートも今年一月に経営破綻し、存続が心配されている。デパートの将来は非常に厳しいようだ。
 私はデパートが大好きだ。函館に住んでいた時、父と二人で出掛けた場所は本屋さんとデパートだった。建物の中には喫茶店もあるので、疲れたらそこでゆっくり休んで話もできる。デパートは、義足の父にとって安全に歩ける場所だった。
 最後に二人でデパートへ出掛けたのは、母が亡くなってしばらくして、父が札幌へ仕事にきたときだった。案内所で車椅子をかり、あちこち見てまわった。飲食街にはたくさんの専門店が入っていて、父が選んだ店は湯葉のコース料理を食べさせてくれる店だった。食事をするとき、父は胸ポケットから定期入れを出して、そこにいれてある母の写真をテーブルの上に置いた。私は初めて湯葉のコース料理を食べながら、父と同じことを考えていたと思う。この席に母がいたら、どんなに楽しかっただろうか。
 食事のあと、父は買いたいものがあるといって、下の階に順番に下りていった。ちりめんで出来た小物が飾っている所ではうさぎの置物を買った。いかにも母が好きそうなものだった。そのあと、モンブランの携帯用の万年筆を買いたいというので、私は近くの量販店で同じものが2割引で売っているから、そこへ行こうというと、父は不機嫌な顔をしてデパートで買うといった。モンブランのコーナーの男性店員さんは仕立てのいいスーツを着て、真っ白の綿手袋をはめ、一本ずつ丁寧に万年筆を出してくれた。車椅子の父のためにちょうどいい高さのテーブルを用意して、試し書きをすすめてくれた。父はその男性とゆっくりと話をしながら、一番気に入った万年筆を買い求めた。2割引の量販店とは違う、至福の時だった。デパートとはこういう場所なんだ、とあらためて思った。
 私の家族にもおみやげを買ってくれたあと、父は私にハンドバックを買ってあげると、言った。いらない、と言ってもどうしても買うというので、ながく使える黒のシンプルなものを選んだ。一人で車椅子を移動させ、娘のためにあれこれ選んでくれた父の姿を、そのデパートの売り場を通るたびに思い出す。
 父と二人で最後に出掛けた所は、やっぱりデパートだった。


<次のコラム> <前に戻る>