×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

娘のつぶやき

トップページ

◆『天使の微笑み』

◆『四千字の世界』

◆『トーク・トーク』

◆『犬が欲しい』

◆随筆あれこれ

◆コラムあれこれ

◆木下順一 年譜

◆木下順一の本

◆パステル画

◆思い出のアルバム

◇娘のつぶやき


父との写真

昭和59年5月
父と鎌倉にて


「函館の音」のCD

 先日、友人のOさんから、片付けをしていたら、FMいるかが制作した「函館の音」のCDが出てきたので、持っていなければ差し上げます……という内容のメールをいただいた。
 メールを読んで、私の頭の中に最初によぎった函館の音は、青函連絡船のドラの音、次に浮かんだのは、朝早くイカを売りに来るおばさんの「イガ、イガ」という声だった。このCDは持っていなかったし、聴いたこともなかったので、早速いただくことにした。
 1995年の制作のため、残念ながら青函連絡船のドラの音はなかったが、JRの列車海峡号が吉岡海底駅に到着する音や海底トンネルに突入する音は載っていた。予想通り、おばさんのイカを売る声もあった。どれも懐かしい音ばかりだった。CDを聴いていると、今まで忘れていた記憶が甦り、子どもの頃、両親と祖父母と暮らした時任町の家の光景が目の前に広がってきたのだ。
 最初、私が三歳ぐらいのときの家は離れもある広い土地に建っていた。庭の真ん中にブドウ棚もあって、二階建てで縁側が長く、大きな家だと記憶している。ところが、事業に失敗した祖父はこの家も土地もすべて借金のかたに取られてしまった。祖父母と別れて暮らすことになり、私は両親と小さな家を借りて暮らすことになった。茶の間と6畳間と台所、風呂はないので歩いて10分位の銭湯に通っていた。ここでの親子三人の生活は、まだ幼かったのでほとんど覚えていないが、一つだけひな祭りをした記憶だけが鮮明に残っていた。莫大な借金をかかえた祖父母だったが、初めての孫である私にどうしてもお雛様を買ってあげたいと思ったのだろう。大きな七段飾りは無理なので、お内裏様とお雛様だけを当時、函館の十字街にあった丸井デパートで買ってきたのだった。母が洋服の入っている箱を重ねて、雛壇のように三段作ってくれた。赤い布をかぶせ、上段にはお内裏様とお雛様、二段目には私が大好きだったブーフーウーのブタの人形、三段目には祖母が作ってくれたちらし寿司とお菓子を並べ、ひな祭りをした。
 借金を返すため、祖父母は私たちが住む借家の傍で、よその家の一間だけ借りて生活していた。こういう暮らしが三年くらい続いたと思う。ある日、母が学校の共済からお金を借りて家族五人で暮らせる家を買うと言い出した。
 まもなくして、引っ越した家は昔住んでいた所から近い同じ時任町だった。母が自分で家を買う決心をさせたのは、私が小学校にあがるということよりも、片足の父が銭湯にいく大変さを母はとても気にしていたからだと思う。脱衣所で義足を外して片足になれば、子どもたちはふしぎな目でみるだろう。銭湯は広いから身体を洗って浴槽までいくために、父は片足で跳んでいかねばならない。母は自分が見てあげられないため、いつも父のことを心配していたはずだ。最初に言った母の言葉は、「新しい家はお風呂があって銭湯に行かなくていいの……」だった。
 五人での生活は幼い私にとって嬉しいことばかりだった。日中、仕事でいない両親に代わって、祖父母が傍にいてくれる。私はおじいちゃんっ子だった。この家で迎えたひな祭りの日、突然三人官女が増えていた。祖父母はいっぺんには買えないが、毎年一段ずつ増やして七段飾りにしてあげると話してくれた。たしか、小学校五年生のときに立派な雛壇になったはずである。母が洋服の箱で作ってくれた雛壇はその後、ちゃんと組み立て式の物を祖父が買ってきて、赤い毛氈がかけられた。
 函館の実家を処分し、今、私の手元に残っているのはお内裏様とお雛様が入った箱が一つだけだ。 我が家は息子二人なのでひな祭りはしないが、今年は久しぶりに今から47年前に買ってもらったお雛様を飾ってみた。多少、扇子や頭の飾り物は少し壊れかけているが、着物も顔も美しいままだった。お雛様をしまっていた箱の横に、当時の丸井デパートの値札のシールが貼ってあった。2850円。借金を抱えた祖父母にとって、孫の私のために用意した、このお雛様の値段は大金だったと思う。
 Oさんからもらった「函館の音」のCDを聴きながら、私が一緒に暮らした家族とのほんのひとコマを書いてみた。両親が亡くなってから、ずっと父と母のことを書きたいと言ってきたが、昔の日記があるわけでもないし、私は一人っ子なので訊く人も誰もいなくなってしまった。今回のように、思い出すまま「娘のつぶやき」に書きとめていこうと思っている。
 今度はどの音から、私の記憶の扉が開くだろうか。



<次のコラム> <前に戻る>