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娘のつぶやき

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◇娘のつぶやき


父との写真

昭和59年5月
父と鎌倉にて


函館の桜

 毎年、5月になると必ず、函館五稜郭公園の桜が紹介される。今年は東日本大震災の影響で、函館を訪れる観光客が少ないと聞いたからではなく、昨年から、桜が満開になったら、夫と五稜郭公園の桜を見にいこうと話をしていた。高校生まで函館に住んでいて、その後何度も、里帰りをしていたのに、桜の季節の公園には一度も足を運んだことがなかった。
 子どもの頃、家族で花見に行った記憶はない。父は人ごみを嫌っていたし、義足の父にとって家から歩いて五稜郭へ行き、公園を一周することは容易ではなかった。花見というと酒がつきもの、下戸だった父は、こういう場所が好きではないと、私が勝手に思っていたのかもしれない。
 夫の運転する車で連休を避け、土曜、日曜で函館に行ったが、季節が一ヶ月逆戻りしたような肌寒さだった。五稜郭の桜を見る前にどうしても行ってみたい所があった。それは父が好きだった場所、桜ヶ丘通りである。松陰町と柏木町の間にある通りで桜並木がトンネルのように人見町あたりまで続いている。父はここを函館市民の誇りだと言っていた。花の季節になると、何よりも先にこの場所へやって来たそうだ。私はこのことを、父が亡くなってから知った。父が愛した桜並木を今回、ぜひ、夫と一緒に見ておきたかった。住宅街なのに思ったよりもたくさんの観光客や、函館以外のナンバープレートの車が何台も通り、落ち着いてゆっくり見ることができなかった。父が知っていたこの通りは、こんなに混んだ道ではなかっただろう。人見町の方までゆっくり歩きながら、今歩いてきた道を振り返った。そこには、義足の父がジャンパーを着て、お気に入りの帽子をかぶり、手にはスケッチブックを持って立っていた。父はこの通り一面に桜の花びらが散りはじめ、緑の葉桜が光に吸い込まれるころも風情があって好きだったみたいだ。穏やかな父の顔を見たような気がした。
 その後、五稜郭公園に行くと、雨が降りはじめ傘をさしての花見になってしまったが、それはそれでまた静かでいいものだ。どっちに進んでいいか判らず、うろうろしていた私たちに気づいた女性が、ここをのぼっていくと桜がきれいに見えますよ……と声をかけてくれた。薄いピンクの花の隙間から、函館奉行所の瓦屋根がしっとりとぬれ、茶色の微妙な濃淡が美しく見えた。奉行所の復元により、今年は今までと違う桜の季節を迎えた公園を、私はしばらく黙って見つめていた。最近、いつも思うことは、父だったら、父が眺めていたら、何て言っただろう、どんな絵を描いただろう、そんなことばかり考えるようになった。残念ながら、父のように、松風に忍んでたてこもった榎本武揚たちの囁きは、私には聞こえなかった。



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